「心理試験」(江戸川乱歩)

事件解決の真の功労者は明智ではない

「心理試験」(江戸川乱歩)
 (「江戸川乱歩傑作選」)新潮文庫

金目当てで老婆を殺害した
貧しい大学生・蕗屋。
心理試験の専門家の笠森判事が
事件の担当となったことを
知った彼は、十分な対策を講じ、
その心理試験を乗り切る。
しかし、その完璧すぎる結果に、
明智小五郎が疑問を抱く…。

「D坂の殺人事件」に続く、
名探偵明智小五郎の第二作です。
「D坂」では一介の書生に
過ぎなかった明智ですが、本作では
すでにいくつかの事件を解決済みの、
信頼ある探偵として登場しています。

あまりにも完璧な結果に
疑いの眼差しを向け、
犯人・蕗屋の心理を逆手にとり、
巧妙な罠を仕掛けて自白へと誘導する。
明智小五郎の天才的な面が
余すところなく描かれていて、
乱歩作品の中でも評価の高い逸品です。
しかし、冷静に読んでみると、
事件解決の功労者は、
実は明智ではありません。

事件解決の功労者①
事件管轄の警察署長

最大の功労者はこの警察署長なのです。
疑いはあれども物証も自白もない
被疑者・斎藤について、
予審担当の笠森判事は困り果てます。
そこに署長から、
「事件の当日、
大金が入った財布が拾得され、
その届主が嫌疑者斎藤の親友である
蕗屋という学生である」という情報が、
「念のためにご報告」されたのです。
これにより、
「蕗屋とても疑って疑えぬことはない。
(斎藤と蕗屋の)二人を除いては、
一人の嫌疑者も存在しない」という
結論に至ることができたのです。

事件解決の功労者②
心理試験専門家・笠森判事

次の功労者は笠森判事です。
警察署長の報告から
容疑者を二人まで絞り込み、
かつその二人を平等に客観的に観察し、
真実を追究した姿勢こそ、
事件の解決に道を開いていったのです。

警察署長の報告こそ
事件解決の最大の鍵と
なったにもかかわらず、
その状況はあっさりとしか描かれず、
署長には名前すら与えられていません。
また、笠森判事は心理試験の
専門家であるにもかかわらず、
結果の重要なポイントに
気付かなかったのは、
愚鈍といわれても
仕方ない描かれ様です。
もちろんこれらは
明智小五郎の名探偵ぶりを
引き立たせるために、
作者・乱歩が意図的に行った
人物設定の結果です。

明智が行ったことは、
直感による被疑者特定と
誘導尋問の二つに過ぎません。
現実にこうした捜査がまかり通れば、
冤罪がいくつも生み出されるでしょう。
いやいや、難しいことを考えずに、
明智の名探偵ぶりを
素直に楽しみましょう。

(2018.11.25)

Gerd AltmannによるPixabayからの画像

【青空文庫】
「心理試験」(江戸川乱歩)

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